一片の悔いなし

物事に対して悔いがなくなる瞬間なんてあるのだろうか?

ゲームだってスポーツだって負ければ悔しいし「もう1回!」って気持ちになる。

勝ったら勝ったで、その優越感にもう一度浸りたくなり「もう1回!」って気になる。

自分を取り巻くすべての物事に対してこんな風に思っていたのなら、死ぬのが怖くて仕方なくなるのは当たり前のことだろう。

次のストーリーに保証もない。自分が居なくなっても世界は相変わらず24時間で1日進む。そんな現実を理解しているけども、納得しているけども、気にしないようにしている。自分を取り巻く全てのことに納得できたのなら、死に対する恐怖は軽減されるだろうか?

閑話休題

物事に対して悔いがなくなる瞬間なんてあるのだろうか?

個人的な答えとしては「そういう瞬間ある」と胸を張って答える。

高校・大学と7年間陸上部員として走りに走っていた。タイムが1ミリ秒でも縮むのがたまらなく楽しかった。「陸上なんて何が楽しいの?」なんて良く聞く質問をされるたびに「この楽しさが分からないなんて損している!」なんて思うほど楽しかった。当時もギターを弾いていたし、曲も描いていたけども、そんなことより走ってるほうが楽しかった。

そんな走り屋の俺が、大学の大会でゴールした瞬間に紐が切れたように走らなくなった。特に自己新を出したとか、優勝したとか、逆にボロ負けしたとか、怪我したとかそういうわけでもない。もう1回走ったら自己新が出るんじゃないの?くらい中途半端なレース。そんなレースで音が聞こえそうなくらいにぷちっと何かが切れた。

翌日から全く走らなくなった。自分でも信じられないくらいに。

走りきったんだろう。悔いが残らないくらいに。

他のことでも同じに違いない。ステージを降りた瞬間に演奏を止めるかもしれない。プログラムを作り終えた瞬間にキーボードを打つことを止めるかもしれない。

その先に「死」というものがあるとするのなら、今よりも恐怖がないのかもしれないなぁ。

ストリートの黒幕

今日からあなたが居ない世界 今から僕は要らない世界

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