既読スルー

コミュニケーションツールが山ほど増えた。既に40歳になる俺がこの波に乗れているのは奇跡に近いと言ってもいい。当初は会社でいちメールアドレスだったし、パソコンでしか送受信することができなかった。それが今や手元で簡単に送受信することができるし、LINEなどを使えば、ほぼリアルタイムにコミュニケーションを取ることができる。SNSの記事を閲覧することで長年会っていなくても毎日会っている気にさえなる。俺に言わせるとオンラインゲームとリアルの境目がなくなっていたあの頃を彷彿とさせる現象だ。

コミュニケーションツールが増えることは非常に良いことで時差なく伝えたいことを伝えることができるようになった。その反面、必要だった相槌的なものや冒頭の挨拶なんかもはしょられてしまっている。対面で話をしているときに「明日17時に集合な!」と振られると「分かった!」なりなんなりの返事をする。それがLINEなどでは既読=分かったのような方程式が暗黙の了解として成り立っている。いや成り立っているというか個々人が勝手に判断している。伝わっているからいいでしょ?ということかもしれないけども、実際のところ17時で大丈夫なのか相手の真相は分からないし、勝手に解釈してはいけないと思う。コミュニケーションは双方向であるべきだ。一方的な思い込みはもはやコミュニケーションではない。

既読が付くから厄介。最近そんな結論に至る。既読がつくことで送信側は「読んでるのに返信が来ない!」という不安に駆られるし、受信側は「読んでしまったからには早く返信しないと!」という逆の不安に駆られる。だからと言ってメールや電話という手段にすべてを戻すなんてことは下策も下策だ。そこで仲間内では新しいツールを使っている。既読のつかないメッセージアプリだ。

相手のメッセージに対してはちゃんと返信をする。一方的な発言、例えば「こんなニュースがあった」のようなメッセージに対しては「いいね」ボタンを押す。これが”読みましたよ”の意味としている。あらかじめ複数のスレッドを用意する。「雑談」「ビジネス」「ニュース」等々。こうやってカテゴリを分けておくことで複数の異なるやり取りを可能にする。当日の待ち合わせなどにはLINEを使う。適材適所。これで話がなんとなく流れてしまったりとか、返信がないまま放置されてしまったりということが全くなくなった。もちろん文章で解決しないことについては早い段階でギブアップして対面で話を続行する。


いろんな業界がIT化していく。IT化するということは簡素化するということだ。だけども簡素化してはいけないこともある。面倒くさいままじゃないと駄目なこともある。意思の疎通というのはそんなに簡単なことではない。長い間一緒に居れば居るほど、相手の思っていることを勝手に解釈するのではなく、言葉の量はどんどん増やさないといけない。「分かってるよね?」は案外、期待過剰なことなのかもしれない。

ストリートの黒幕

今日からあなたが居ない世界 今から僕は要らない世界

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